『65歳Mさん。夫の糖尿病の看護に心身共に疲れきっている様子。
夫はわがままで、食事療法をやってみても、なかなか言うことをきかない。こんなに私が夫のために努力しているのに、何かむなしい日々が続くとの事。
「こころ」はあせり「身体」は疲れる。約三ヶ月前から、生あくびがしょっちゅう出るようになり、身体が重く、イライラして気分が落ち着かない。不眠もあり、よく夢もみるようになった。食後は胃のもたれ感がある。夫と一緒に来院。』

Mさんは夫の陰に隠れるようにして来院されました。小柄でやせたMさんに比べ、糖尿病の夫は大柄で肥満体型の方でした。2回目の来院のとき、私はふと気がつきました。

隠れているように感じられたのは、夫の体格のためではなく、Mさん自身に何か精気が感じられないためであると。

「Mさん、何かお疲れのようですね。」ときり出すと、
すかさず夫が「そうなんですよ。こいつはいつもだるいだるいって元気ないんです。気合いが入ってないんでしょうね。」と答えます。

そこで夫には席をはずしてもらい、次回の診察はMさん一人で来ていただいてからお話を聞くことにしました。その時にようやく、先に書いた内容を弱々しい声でぽつりぽつりと語ってくれたのです。

Mさんには『甘麦大棗湯(カンバクタイソウトウ)』を飲んでもらうことにしました。

2週間で諸症状の改善傾向がみられ、一ヶ月後には精神的にも落ち着くようになったとの事でした。この方は看護からくる疲れが原因で、そのために諸症状が出現したといえます。

『甘麦大棗湯』は漢方医学的には、「こころ」を潤し安定させ、胃腸の働きを調える作用があり、甘くて飲みやすく、子供のひきつけ・夜泣きにも用いられます。生薬成分はほとんど食品みたいなものなのですが、なぜかよく効く症例が多い不思議なお薬です。

さて、2ヶ月位経過した頃でしょうか。診察室での奥さんと夫の位置が入れ替わっていることに気づきました。夫の前にMさんがいるのです。

「先生、この人、いつも腹一杯食べちゃうんです。治療する気があるんでしょうか?先生からビシッと言ってやって下さい。」
実にたくましいのは女性のパワーです。世の中は女性を中心に回っていることに気づかないのは男性ばかりなのです(笑)。