『31歳主婦Tさん。産後1年を過ぎるが、腰痛でいまだに悩み続けているとの事。お産自体も難産で大変だったようで、産後から鎮痛剤をもらったりしていたが、痛みがなかなかすっきり取れない。友人から漢方薬のことを聞いて当院に来院。』

整形外科的には特に異常はないと云われたようです。ぎっくり腰などの発症直後には以前紹介した『芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)』がよく効きますが、Tさんのように遷延した腰痛は漢方治療でも比較的やっかいなものです。

Tさんは色白でみずみずしい肌をしており、冬は冷えにも悩まされる方でした。月経周期も不規則で、月経時には軽い下腹痛もあるとの事…いろいろ迷いましたが、時々むくんだり、めまいもするという事と冷えに注目して、まずは『当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)』を処方しました。

以前も登場した漢方薬ですが、「むくみ・めまい」は漢方医学では「水毒」(以前に紹介)として解釈することが多く、「利水剤」という水のバランスを整える生薬を使用する場合があります。ただし、この方は「痛み」に悩まされているので、『当帰芍薬散』だけではやや作用が弱いと思い、『附子(ブシ)』という鎮痛作用のある生薬を加えることにしました。

その後の経過は、きわめて順調すぎて、一ヶ月で驚くほどに症状が改善しました。正直云って、これほど効くとは思いませんでした。『当帰芍薬散』はもともと妊娠の腹痛に用いられましたが、月経異常・妊娠・出産に伴う様々なトラブルにも広く有効な漢方薬です。当然、体質虚弱な女性の妊娠中・産後の腰痛にも有効ですが、効くためのキーワードは「冷え」「水毒」です。Tさんもその良い症例でしょう。単に「腰痛」という症状だけに注目しては、こういう処方はできません。

『附子』はトリカブトを無毒化した生薬ですが、「痛み」を取るのみでなく、『当帰芍薬散』の効果を強める作用もあるようです。ここが生薬の配合の妙でして、組む相手の効果を発揮するのは漢方薬の非常にユニークな点ですね。