高度生殖補助医療

高度生殖補助医療

  体外受精や胚移植など、配偶子(精子や卵子)・胚(受精卵)を体外で取り扱う治療のことを『高度生殖補助医療Assisted Reproductive Technology:ART』といいます。1978年にイギリスで世界初の体外受精 胚移植による赤ちゃんが誕生しました。日本でも2010年は年間28,945人を数え、その年の出生児全体の約37人に1人がARTにより誕生したことになり、累計で271,380人を数えます。(2010日本産科婦人科学会、厚生労働省より)ARTは不妊治療の最終手段として位置づけられており、信頼性の高い治療法のひとつとして広く施行され、難治性不妊症のご夫婦が健康な赤ちゃんに恵まれるようになりました。

日本では現在、不妊治療に対し各自治体による助成金制度も受けられるようになり、不妊治療にかかる費用を一部負担してもらえることで、より多くの方が治療を希望されるようになりました。

しかし、近年日本では晩婚化が進んでおり実際にはかなりの数のご夫婦が不妊症に悩まされているのが現状です。妊娠のしやすさに、最も影響を与えるのは女性側の年齢です(男性の場合は年齢の影響は女性ほど大きくはありません)。女性の場合、30歳をピークに少しずつ妊娠しづらくなってきます。30代後半を過ぎると加速度的に不妊症が増えていき、日本における体外受精の成績からみると44歳以上で生産率(一回の治療あたり出産できる確率)は実に1%以下となってしまいます。

以下に日本における体外受精年齢別成績を示します。年齢とともに妊娠率(赤い線)が下がり、一方で流産率(紫の線)が急激に上昇してくるのがわかります。

日本における体外受精年齢別治療成績(2010年)

では、どのような場合に体外受精・胚移植が必要となるのでしょうか?現在の不妊治療の中では体外受精 胚移植が最も妊娠成立する確率が高い治療法です。しかし、本治療法には患者さんに対していろいろな負担や副作用があります。たとえば、超音波検査や注射などで通院回数も多くなること、保険適応外診療の為治療費のほとんどが自己負担となること。また、排卵誘発剤や採卵に伴うリスクもあります。そのため、これからARTを受けられる方々に、ARTの基本的な知識や具体的な治療法についてご理解いただき、治療を始めていただけたらと思います。

体外受精 胚移植(IVF-ET)について

  体外受精とは、排卵期の卵巣から卵子を採取し、採取した精子をかけあわせると精子は自力で卵子に進入し受精します。体外で受精した胚(受精卵)を子宮内へ移植することにより、子宮内膜に着床し成長することが期待できます。確実に受精が確認できた胚(受精卵)を移植することで、人工授精より高い妊娠率が得られます。一般的には人工授精での1回あたりの妊娠率は10%前後であるのに対し、体外受精の1回移植あたりの妊娠率は20~30%とされています。

適応『体外受精 胚移植法以外の方法では妊娠の成立が見込めない方』が対象です。

  1. 左右の卵管が完全に閉塞していたり、卵管・卵巣の癒着がひどいなど精子と卵子が物理的に出会えない場合
  2. 子宮内膜症の病変による癒着や炎症による液性因子の存在が疑われる場合
  3. 高齢で妊娠のチャンスが少ない場合
  4. 精子数が少ない、精子の運動率が低いなどで数回にわたる人工授精(AIH)でも妊娠が成立しない場合
  5. 抗精子抗体があり、精子の動きを止めたり受精を妨げる場合
  6. 原因不明の機能性不妊の場合 など

胚移植後の余剰胚

2008年の日本産科婦人科学会会告により、現在では原則胚移植数は1個に制限されています。一方、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)では妊娠すると悪化する事がわかってきた為、OHSSの重症化が予想される患者さまには新鮮胚移植をせずに凍結するようになってきています。このように、余剰胚やすべての胚の凍結操作が必要となる事が、近年増加してきています。

体外受精の一般的な治療成績

一般的にAIH(人工授精)の1回あたりの妊娠率は10%前後であるのに対し、体外受精の採卵あたりの妊娠率は10.4%、移植あたりの妊娠率23.4%となっています(日本産科婦人科学会2010)

顕微授精(ICSI)について

  1992年ベルギーで初めて顕微授精による妊娠例が報告されてから世界中に普及し、日本でも1994年に分娩例が報告されました。それ以来、日本産科婦人科学会の報告では2010年までに90,677周期に達しています。

適応『顕微授精以外の方法では妊娠の成立が見込めない方』が対象です。

  1. 重症男性不妊症
    重症乏精子症、精子無力症、精子奇形症、精子不動症などで極端に精子の数が少なかったり、極端に精子の動きが悪いなどの為、媒精法では受精が難しいと考えられる場合
  2. 既に媒精法での体外受精・胚移植を受けられて、受精障害があった場合

顕微授精(射出精子)の一般的な治療成績

採卵あたりの妊娠率8.1%、移植あたりの妊娠率20.1%となっています。(日本産科婦人科学会2010)

顕微授精に代わる方法

精子の状態が不良だからといって必ずしも通常の体外受精・胚移植で受精が不可能とは言い切れません。しかし、明らかな受精障害がある夫婦が挙児を望む場合、顕微授精を選択せざるを得ないというのが現状です

治療について

  一般不妊治療に比べ、妊娠までの期間が早く妊娠率も高いという点で非常に有効な治療法ではありますが、精神的・肉体的・経済的なストレスも多いこと、また採卵および排卵誘発剤による副作用もいくつかあります。

  1. 麻酔の影響

    採卵時の麻酔薬の副作用で、気分が悪くなる場合があります。

  2. 採卵時のリスク

    まれに腹腔内に大量出血したり、感染を起こすことがあります。そのため、採卵後は一定時間安静にしていただき、診察を受けてから帰宅となります。頻度は少ないですが、外科的手術が必要になる場合もあります。

  3. 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)

    排卵誘発剤を使用する事で起きる合併症で、卵巣が大きく腫れたり、お腹に水が溜まったりします。血管の中が脱水になるので血液がドロドロになって血栓症を起こしやすくなります。症状として、腹部膨満感、胃部不快感、尿量減少、体重増加などがあります。OHSSは妊娠によって重症化する場合があります。ほとんどの場合は安静または初期からの適切な管理によって軽快しますが、まれに入院が必要となる場合もあります。大切なことは、副作用について理解していただき、これらの症状がみられた場合は担当医にご相談ください。

    OHSSの症状がみられた場合、全胚凍結保存(採卵周期に移植せず、すべての胚を凍結し副作用がおさまってから移植する方法)することで、安全に移植することができます。

    <OHSSになりやすい方>
    年齢が若い方、痩せている方、卵巣に多数の小さい嚢胞がみられる多嚢胞性卵巣症候群の方、採卵時の卵胞ホルモンが3000pg/mlを超えた方、卵子がたくさん採れた方、妊娠している方など。

  4. 先天異常 自然妊娠児2~3% ART児2.5~4.2%

    ARTによる妊娠は自然妊娠と比較して流産、早産・低出生体重児・先天異常・NICU・帝王切開などの発生率も、若干増加すると報告されています。ですが、自然妊娠でも先天異常は認められ、その中には染色体異常が0.5~0.6%含まれていると報告されています。

    先天異常の頻度は、自然妊娠と比較して有意差はないとされているものから、染色体異常がわずかながら上昇するのではないかという報告もあります。しかし、そのメカニズムは未だ明らかではなく、これらがARTによる影響なのかどうかを判断するのは非常に困難であるとされています。

    現在、顕微授精によって年間数千人の赤ちゃんが産まれておりますが、通常の体外受精と比べて特に危険な治療法ではないと考えられています。近年の報告では、ARTを行う過程で赤ちゃんに異常が出るというより、顕微授精に至った不妊症カップルの不妊原因の中にそのような要因があるのではないかと考えられています。重症乏精子症の方には、精子を造る機能に関連した遺伝子の異常を持っている方が含まれていると言われています。これらの異常を男の子の赤ちゃんには受け継がれる可能性があることがわかってきました。しかし、どのリスクも体外受精・顕微授精の利点には及ばないと考えられています。

  5. 子宮外妊娠

    子宮内に移植された胚は卵管に遡上し、再び子宮に戻るとされています。しかし、その過程に障害があると胚が途中で着床してしまい、子宮外妊娠になることがあります。その場合、外科的手術が必要になることもあります。

  6. 多胎妊娠

    ARTでは、妊娠率を向上させるために胚を複数個移植することで、必然的に多胎妊娠の可能性も増加します。双胎妊娠を希望される方も中にはいらっしゃいますが、多胎妊娠は早産、未熟児、帝王切開率の増加など母子ともにハイリスクとなります。そのため、2008年に日本産科婦人科学会は、不妊治療による多胎妊娠を減らすため、「35歳未満の女性なら1個」、また「35歳以上の女性や 反復不成功例の場合でも2個まで」にとどめるよう会告を出しています。当院でも単体妊娠を目指しており、多胎妊娠となった場合ハイリスク出産となるため、当院では出産できない場合がございます。

  7. 治療中のキャンセル

    体外受精を始めても必ず治療を全うできるとは限りません。排卵誘発剤をいくら使用しても卵胞が育ってこないと採卵できません。卵胞が多く育ってきていても中が空っぽで、卵子がない場合もあります。無事採卵できても受精できない、受精しても途中で成長が止まる、卵子や胚の質が悪いなど、胚移植まで出来ない事もあります。

  8. 不測の事態

    体外受精中、胚の管理には厳重な体制をとっておりますが、地震や火災などでインキュベーター(培養庫)の破損や転倒などがあった場合、水害で水没してしまった場合、突然の停電で電気の供給が止まってしまった場合、その他不測の事態による影響は回避できない事も有り得る事をご理解くださるようお願いいたします。また、当院が閉院となる場合は事前に連絡いたします。しかし、何らかの理由(医師の急病など)で当院が突然閉院となった場合、事前の連絡なしに体外受精が中止になる事がありますので何卒ご了承ください。

体外受精の流れ

1.質のよい卵を複数育てます(卵巣刺激)

自然に排卵しないよう、点鼻薬を使用し排卵を抑えます。その後、複数の卵胞を育てるため排卵誘発剤(注射)を併用していきます。卵胞が複数育ち、ある程度の大きさになったら、採卵の約34時間前にhCG製剤を注射して、卵子の最終的な成熟をうながします。

2.卵子をとり出します(採卵)

静脈麻酔をかけて、経腟超音波画像を見ながら長い針を膣の壁から卵巣内の卵胞に刺し、卵胞液ごと卵子を吸引します。1つの卵胞から卵子を採取できる確率は約70%です。中には卵子が入っていない空っぽの卵胞もあります。また、卵胞が一つだけの時は卵子の採取が困難な場合があります。

卵子をとり出します

3.卵子と精子をひとつに

体外受精の方法には、媒精法と顕微授精法の2種類があります。 全例、院内の採精室(鍵のかかる個室です)にてマスターベーションで精液を採取していただき、培養液で洗浄・濃縮して受精させます。当院ではswim up法にて運動性の高い精子を集めて行います。

媒精法

精子と卵子を同じ培養液中で培養し、精子の持つ力で自然に受精を行わせる方法です。十分量の精子が必要です。卵子1個につき精子10万匹をふりかけます。

媒精法
メリット デメリット
自然な受精が可能 受精障害があると受精率が低下
顕微授精法

顕微鏡を見ながら専用の針で卵子の壁を貫通させて、細胞質内に精子を1個注入して人工的に受精させる方法です。

顕微授精法
メリット デメリット
受精障害があっても受精する可能性を高められる 自然下に受精する精子を人が正確に選択する事は不可能

4. 胚(受精卵)を育てます(胚培養)

採卵の翌日に受精確認をした後、さらに胚の培養を続け2日目または3日目で胚移植します。

胚培養

5. 子宮の中へ戻します(ET/胚移植)

採卵から2日目~3日目の初期胚まで育てた胚(受精卵)の中から、最も質のよいものを1個(※)選び、カテーテルを使って子宮内にそっとかえし着床してくれる事を期待します。胚移植に選ばれなかった余剰胚があれば、凍結保存をする場合もあります。

※「生殖補助医療の胚移植において、移植する胚または胚盤胞の数は原則1個とする。ただし、女性が35歳以上、あるいは反復不成功例においては2胚移植を許容する。」とされています。
2008年 日本産科婦人科学会のガイドラインより

胚移植

6. 妊娠しやすい環境に(黄体補充療法)

排卵誘発剤を使用した後は黄体機能不全を起こしやすくなります。移植した胚が着床しやすいように、胚移植後妊娠判定までの約2週間、あるいは必要であれば妊娠成立後も黄体ホルモンを投与するなどして、黄体機能を補助します。

7. 無事、着床してくれたかな?(妊娠判定)

胚移植から約2週間後に妊娠判定を行います。胚が着床すると、絨毛(のちに胎盤になる組織)からhCGという成分が分泌され尿中に検出されます。妊娠反応陽性=それは赤ちゃんから「ここにいるよ」というサインなのです。

治療成績について

日本国内における新鮮胚移植による体外受精(媒精法・顕微授精法)の治療成績

媒精法 顕微授精法
採卵あたりの妊娠率10.4%8.2%
移植あたりの妊娠率23.7%20.1%
移植あたりの生産率16.1%13.0%
妊娠あたりの流産率23.9%27.0%
妊娠あたりの多胎率5.4%5.4%

※2010年 日本産科婦人科学会統計より

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